朝礼ネタ  コミニケーションを学ぶ

 

優れた素質を持っていても学ぶ姿勢が無ければ伸びていかない。その通りです。

   あなたはこんな言葉を聞いたことがありませんか?

「白衣は患者のためではない。」

   病院に行くとお医者様や看護婦さんは常に白衣を身につけています。
  我々、患者からすると親兄弟にも見せたり触らせたりしたことが無い恥ずかしいところも見せる訳です。
  ですから、汚い手で触られたりバイ菌を付けられたりすると、困るので、医者や看護婦は白衣を身につけて患者を安心させる。たいていの人はそう思っています。現に私もそう思っていました。

 しかし! 実際には違っています。宮内庁の侍医を20年以上担当されていた「杉村」さんと言う人が「天皇様お脈拝見」という本を出されているのですが、その中で侍医は

「天皇陛下を診察申し上げる時に白衣は付けない」

と書かれているそうです。これはどういうことなのか不思議に思いませんか?

 
 実は白衣は患者の病気から医師や看護婦を守るといった意味を持つもので、白衣を着て陛下の前に出ることは大変失礼に当たる。と述べられています。
 

 つまり、患者のための白衣ではないのです。医者の目から見れば患者こそが汚い存在であり、原因不明の病原菌などをたくさん持っている不潔な存在なのです。




 だから病院に診察に来た患者の汚い何かが少しでも自分の身に付いたらすぐに分かるように、純白の白衣を付けて用心するというように、これが白衣の本当の存在理由なのです。
  白衣を患者のためと思い込んでいたのは私の全くの思い違いだったわけですが、こういった思い違いは人間関係の中にもいろいろあるのではないでしょうか?

例1

「自分がほめられたいがために人をほめる場合がある。」

 例えば、私が新しいスーツを着て会社にきたが誰も気付いてくれない。たまたまAさんがキレイなスカーフを身につけていたので、自分のスーツをほめてもらいたいがために、スカーフをほめて、自分のスーツに話題を振ってもらう。といったように本来の目的を達成するために相手をほめると言うことがあります。

 しかし、それに気付かずAさんが自分のスカーフの自慢ばかりしていると、私に「私がほめてあげたのに…」と恨まれてほかの事でいじめられることになります。

 それを何でいじめられるんだろうと気付かないようではAさんは社会人としては話になりません。

例2

「敬語は医者の白衣と同じ場合がある」

 ある人は「敬語は他者をしりぞける壁である。」と言われています。

誰やねん!

 というツッコミはおいて置きましょう。敬語は「本来相手を尊び、敬う気持ちから生まれた言葉づかいなのだから、相手から敬語を使われることは喜ばしいことであり、歓迎すべき事」のはずである。

 しかし、実際にはそうでないことが多いと思います。私にも覚えがありますが、普段呼び捨てで

「おい●●ちょっとこっちへ来い!」

などといっている上司が、

「●●さんちょっとこちらへ来てもらえませんか?」

と言われたときは何をさせられるのかと恐る恐る用心して近寄ったものです。

 そういう場合は自分にとってろくな用事では無いからです。人は相手が嫌がるだろうと思うことを頼むときなど、普段より丁寧な言葉を使うようになります。

 また、海外(特にアメリカ)では「俺のことはサムと呼んでくれ!」等と名前を呼び捨てにすることを要求し、友情を示すことにも繋がります。それを丁寧にミスターと敬称を付けて呼ぶとお前とは仲良くしたくないとの意思表示になり相手を怒らせます。

 敬語はある場合は「医者の白衣のように、相手の心遣いではなく、自分自身を守るため」にも使われます。

 親しき仲にも礼儀ありと言いますが、これ以上仲良く、親しくしたくない人には殆どの方が敬語を使い続けるのではないでしょうか?私も実際にそうしています。

 なので、たまには敬語を外して人間関係に踏み込むことも必要だと思います。白衣を着ることが天皇陛下に対して失礼なように、敬語を使うことが相手を不愉快にさせることもあるのです。

いかがでしたでしょうか?

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今まで興味はあったが、ハードルが高いと思っていたので手が出せずにいたWEBサイトをアメーバーオウンドでチャレンジしました。どんなサイトになるのかはわかりませんが、色々と挑戦できればと思います。

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